明治維新に関する私的メモ その3

明治維新に関する私的メモ その2 の続きの私的メモです。

明治維新 ウィンザー藤原弐家連合 南朝皇統 徳川
薩長土肥(薩摩・長州・土佐・肥前)+肥後
毛利、大内、長宗我部、龍造寺氏、鍋島氏(龍造寺氏の重臣)
エフライム族、ユダ族、ダン族、レビ族
毛利と島津の忍者と山伏
イエズス会と繋がる水戸黄門の水戸学

東インド会社、フリーメイソン、イエズス会、客家

… … …
明治天皇は、大室寅之助ではなく別の人物にすり替えか。
創価学会の原型は、尊王攘夷派の天誅組、創価、大本は北朝系。
関ケ原の戦いの因縁が、明治維新へと繋がる。
南朝系がイギリスと組み革命、渡来人同士の争い。

歴代の内務卿、歴代内務大臣


歴代の内務卿
内務卿 Wikipedia
内務大臣1
内務大臣2
内務大臣3

日本の近代警察は明治から始まり、薩摩藩との関係が深かった! + 近代警察と徴兵制はフランスから(魚拓)
https://archive.vn/2DwnM

初代~6代 警視総監(大警視)はみな薩摩藩出身

初代  川路利良 (薩摩藩)
2代目 大山巌   (薩摩藩)
3代目 樺山資紀 (薩摩藩) 
4代目 大迫貞清 (薩摩藩)
5代目 三島通庸 (薩摩藩)
6代目 折田平内 (薩摩藩)
7代目 田中光顕 (土佐藩)
8代目 園田安賢 (薩摩藩)
9代目 山田為暄 (薩摩藩)

明治時代の内務大臣は、薩長土肥人脈で占められており、特に警察ネットワークは薩摩人脈に占められていました。明治、大正、昭和前期はこの流れが続いていきます。戦後は、GHQ,CIAにより米国のネットワークに組み込まれます。
明治、大正、昭和前期、戦後、昭和後期、平成の流れを追えば、集団ストーカーの犯人が分かります。

軍閥 Wikipedia
戦前の日本日本では、大日本帝国陸軍における桜会・皇道派・統制派、大日本帝国海軍における艦隊派・条約派などがあげられる

藩閥 Wikipedia
藩閥の構成員が閣僚の多数を占める内閣を、藩閥政府あるいは藩閥内閣という。薩長土肥とはいうものの、土佐・肥前(佐賀藩)出身者は少数にとどまり、薩摩・長州両藩出身者が群を抜いて大規模な閥族(薩長閥)を形成した。

1871年(明治4年)の廃藩置県後に整った新しい官制で、薩長土肥の出身者が参議や各省の卿の大部分を独占したため、藩閥政府が形成された。やがて西郷隆盛の下野と西南戦争での死、紀尾井坂の変での大久保利通の暗殺によって薩摩閥は勢いを失い、特に最高指導者層は、伊藤博文や山縣有朋ら長州閥の独り勝ちとなった。薩摩閥は、特に中堅層ではこれに対抗するだけの勢力は維持したものの、幕末期をほぼ無傷で乗り切って維新を迎えたころ(長州はこの間に多くの人材を失っている)の優位は失われ、やや劣勢に立たされる形となった。1885年(明治18年)に内閣制度ができたあとは、薩摩系の中堅層が育って失地回復したこともあり、薩長出身者の多くが内閣総理大臣、国務大臣、元老となった。

明治維新に関する情報操作と洗脳

加藤周一著作集 司馬遼太郎小論
司馬遼太郎の作品は、ファンタジーであり歴史ではない。
マスコミの歴史ドラマも、ただの維新勢力のCMに過ぎない。

近代天皇制は近代一神教

近代天皇制は、バチカンの一神教プログラムと秦氏、加茂氏神道ネットワークの融合であり宗教でしかない。古神道とは無関係の植民地洗脳統治用プログラムである。
いずれは女性天皇制を容認させ、欧米の王族の血を繰り返し入れて日本を乗っ取る計画であり、まさに寄生蟻の手法そのものだ。私は戦争の原因となった、近代天皇制を否定する。