日本の近代警察は明治から始まり、薩摩藩との関係が深かった! + 近代警察と徴兵制はフランスから

近代警察の生みの親ジョゼフ・フーシェ

ジョゼフ・フーシェ Wikipedia

ジョゼフ・フーシェ(仏: Joseph Fouché, 発音例, 1759年5月21日 - 1820年12月25日)は、フランス革命、第一帝政、フランス復古王政の政治家である。ナポレオン体制では警察大臣を務め、タレーランと共に体制の主要人物となった。特に百日天下崩壊後は臨時政府の首班を務めてナポレオン戦争の戦後交渉を行った。

複数の場所に同時に存在するという近代警察の原型となった警察機構の組織者、秘密警察を駆使して政権中枢を渡り歩いた謀略家として知られる。権力者に取り入りながら常に一定の距離を保って激動の時代を生き抜いた人物であったとされ、「カメレオン(変幻自在の冷血動物)」の異名を持つ。オーストリアのユダヤ人作家シュテファン・ツヴァイクによる評伝が有名である。

(略)

明治時代に日本の警察を創設した川路利良は、フーシェに範を取ってその事跡を取り入れた。

(引用終わり)

徴兵制も近代フランスから始まった

徴兵制
http://www.y-history.net/appendix/wh1103_1-072.html
1793年、フランスの国民公会で国民から兵士を挑発動員する徴兵制度を決定した。これによって中世の傭兵制度にかわる近代国家の国民軍が創設された。

(引用おわり)

※それまでの戦争は主に傭兵同士の戦いだったが、ここから悪夢の時代が始まった。フランスの前身は、フランク王国であり、ナポレオンの背後にはロスチャイルドが、さらにその背後には黒い貴族がいました。

大久保利通
http://www.jphistoryrd.com/mei/okubo.html

1869年、参議に就任し、廃藩置県などの中央集権体制を確立します。1,873年、内務省を設置して、利通が初代内務卿として実権を握ると、徴兵令や地租改正などを行いました。利通に権力が集まるのは独断的でよくないとの批判も集中していましたが、現在の霞ヶ関官界は内務省を設置した大久保利通によって築かれたものなのです。

1,877年には西南戦争で政府軍を指揮し、その後、宮内卿(宮内庁)に就任して、明治政府と天皇の一本化を描いていました。

(引用終わり)

岩倉使節団 Wikipedia

【今までのまとめ 日本という国・日本史=欧州史です】
http://jfcoach.blog49.fc2.com/blog-entry-269.html?all


明治時代にできた日本の近代警察と薩摩藩

日本の警察 歴史 Wikipedia

平安時代の弘仁7年(816年)頃に警察組織として検非違使が設置され、主に京都の警備にあたった。

江戸時代には警察に相当する組織としては、町奉行や勘定奉行などがあった。江戸市中は町奉行所が扱い、幕府直轄領については勘定奉行が扱った。たとえば江戸には南北の町奉行が、諸国には地名を冠した遠国奉行があり、その職員である与力、同心は現在の警察官に相当した。ただし、与力、同心の人数は人口に対して非常に少なく、江戸の人口100万人(当時の日本は身分制の社会で、城下町の人々は武家方・寺社方・町方(など)に分類され[4]、町奉行の活動の対象となる町方(=町人)の人口は半分の約50万人)に対して警察業務を執行する廻り方同心は南北合わせて30人にも満たなかった。この人数で江戸の治安を維持することは困難であったため、同心は私的に岡っ引と呼ばれる手先を雇い、警察業務の末端を担わせていた。江戸の岡っ引は約500人、その手下の下っ引を含めて3,000人ぐらいいたという。また、重罪であった放火、押し込み強盗などを取り締まる火付盗賊改方も断続的に設置された。

明治維新によって江戸幕府が崩壊し、新たに薩長土肥が主導する明治政府が誕生すると、諸藩の兵(藩兵)が治安維持に当たった。しかし、藩兵は純然たる軍隊であり、警察ではなかった。1871年、東京府に 邏卒(らそつ)3,000人が設置されたことが近代国家警察の始まりとなった。邏卒には薩摩藩、長州藩、会津藩、越前藩、旧幕臣出身の士族が採用されたが、その内訳は薩摩藩出身者が2,000人、他が1,000人であり、日本警察に薩摩閥が形成される契機となった。同年、司法省警保寮が創設されると、警察権は同省に一括され、東京府邏卒も同省へ移管された。

薩摩藩出身の川路利良は天皇を中心とする中央集権国家にふさわしい警察制度研究のため渡欧し、フランスの警察に倣った制度改革を建議した。司法省警保寮は内務省に移され、1874年に首都警察としての東京警視庁が設立された。

以後の警察は、国家主導体制のもと、管轄する中央省庁の権限委任も多く行われたが、最終的に内務省に警察権が委任され、内務省方の国家警察・国家直属の首都警察としての警視庁と、各道府県知事が直接管理下に置く地方警察の体制に落ち着いた[7]。

1933年に大阪市の天六交差点で起きたゴーストップ事件(天六事件)にて、陸軍と警察の大規模な対立が起こり、その後、現役軍人に対する行政措置は警察ではなく憲兵が行うこととされるようになり、軍部が政軍関係を超えて次第に国家の主導権を持つきっかけのひとつとなった。

第二次世界大戦後は、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)により、それまでの中央集権的な警察組織が廃止され、1948年に旧警察法が定められる。旧法では、地方分権色の強い国家地方警察と自治体警察の二本立ての運営で行われるが、1954年には現・警察法に改正され、国家行政組織の警察庁と地方組織の警視庁・道府県警察に統一されて今日に至っている。

(引用終わり)

※戦後の自衛隊は、警察予備隊から誕生しているため、警察との関係が深い。旧軍閥の流れをくむ自衛隊や公安もある。


近代警察と薩摩藩の関係

『マッポ』の解説
http://zokugo-dict.com/31ma/mappo.htm

マッポとは警察官や巡査のことで、パトカーや白バイを指して使われることもあるが、この場合もあくまで乗っている警官に対しての言葉である。
警察官の俗称に『さつ』『おまわり』『ポリ』などがあるが、これらは「警察官」「巡査」「ポリスマン」の変形であることは容易に察することが出来る。では、マッポはどこからきているのか?これは警察制度が出来て間がない明治時代、警察官は政治同様、薩摩藩出身者が多かった。このことから、警官に対して『さつまっぽう』と呼ぶようになり、次第にこれが略されまっぽう、更にまっぽとなっていった。現代ではカタカナ表記のマッポが最も浸透している。

(引用終わり)

※薩摩の島津家は、イエズス会と繋がりが深い藤原近衛閥との関係も深い。私は、近代の軍や警察には、騎士団や僧兵の要素もあると考えている。イエズス会のフランシスコ・ザビエルを日本に輸入したのが、薩摩の山伏鮫島(ヤジロー)です。その子孫が小泉進次郎です。

島津氏と近衛家の七百年
https://www.lib.kagoshima-u.ac.jp/ja/collection/record/201301

川路利良 Wikipedia

川路 利良(かわじ としよし、天保5年5月11日(1834年6月17日) - 明治12年(1879年)10月13日)は、日本の警察官。幕末から明治初期の薩摩藩士、内務官僚。階級は大警視、陸軍少将(臨時)。位階は正五位。勲等は勲二等。

初代大警視(現・警視総監)を務め、欧米の近代警察制度を日本で初めて詳細に構築した事実上日本の警察の創設者にして、「日本警察の父」とも言われている。西南戦争では大警視と臨時に陸軍少将を兼任し、警視隊で組織された別働第三旅団を率いて抜刀隊を指揮して西郷軍に大きな打撃を与えた[1]。

名は当初「としなが」と名乗っていたが、後に「としよし」と改名した。通称は正之進。号は竜泉。家紋は六つ丁子車。遠祖は藤原氏といわれる。

(略)

警察制度の確立​

維新後の明治4年(1871年)、西郷の招きで東京府大属となり、同年に権典事、典事に累進。翌明治5年、邏卒総長に就任し、司法省の西欧視察団(8人)の一員として欧州各国の警察を視察する。帰国後、警察制度の改革を建議し、ジョゼフ・フーシェに範をとったフランスの警察制度を参考に日本の警察制度を確立した。

明治7年(1874年)、警視庁創設に伴い満40歳で初代大警視(現:警視総監)に就任。執務終了後ほぼ毎日、自ら東京中の警察署、派出所を巡視して回り、一日の睡眠は4時間に満たなかったという。

(引用終わり)


初代~6代 警視総監(大警視)はみな薩摩藩出身

初代  川路利良 (薩摩藩)
2代目 大山巌   (薩摩藩)
3代目 樺山資紀 (薩摩藩) 
4代目 大迫貞清 (薩摩藩)
5代目 三島通庸 (薩摩藩)
6代目 折田平内 (薩摩藩)
7代目 田中光顕 (土佐藩)
8代目 園田安賢 (薩摩藩)
9代目 山田為暄 (薩摩藩)

歴代警視総監が知りたい方はこちら

※3代目から大警視から警視総監へ改名、9代目以降も薩摩藩が多い。特に初期は、薩長土肥で占められているのが分かる。もう1つの田布施と呼ばれる加治屋町 (鹿児島市)の出身者もいる。


資料

日本の警察の裏事情:江戸から続く警察の歴史から記者クラブをCR戦略と位置づけした今
http://www.asyura2.com/07/senkyo29/msg/821.html

警 察(POLICE)
http://www.biwa.ne.jp/~kawakawa/PoliceMechanism.htm

日本の警察制度の誕生とその変容
http://www.ne.jp/asahi/k/mihari/tayori/tayori013-4.htm

警察大全集
http://themepark.jp/police/

警察手眼
https://ja.wikisource.org/wiki/%E8%AD%A6%E5%AF%9F%E6%89%8B%E7%9C%BC

警察正常化協議会(警正協)
http://keiseikyo.blog.jp/

大河原宗平@ookawarasouhei
なぜ 警察が 集団ストーカーを やるのか 政治的な危険人物 と格付け ランク付け することで お金になる だから必要のない人を 尾行対象者(集団ストーカー対象)にする  警察官らが家族を養うお金になる わかり易い構造でしょ 本当はやりたくないのだが お金のために 被害者を造る 

鈴木邦男, 北芝健『右翼の掟 公安警察の真実』
http://gangstalking-crime-databease.blogspot.com/2015/11/blog-post_8.html


コメント

私の体感では警察では2種類の人間がいる。

1.人々がイメージしている通りの優しい警察官
交番で会う警察官は私に対しても真摯に対応してくれることが多い。
集団ストーカーを相談しても相手にはしてくれないけど。
(交番の警官の質は都道府県によってだいぶ違うらしい、広島のケース)

2.マスクをして集団ストーカーに加担する警察官
目つきが悪く、本当に警察官なのか、コスプレではないのかと疑うレベル。
ほとんどカルト宗教の信者と同レベルの保身のためならどんな命令でも実行しそうなタイプ。

今の人々の警察のイメージは明らかにTVによって形作られています。ぜひ、警察に関するあらゆる書籍を読み本当の姿を知ってください。警察の成り立ちを知ると、その本質が時の権力者の傭兵であることがよくわかります。


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※本記事は、消された過去記事を魚拓(https://archive.vn/2DwnM)を元に復元し、修正を加えたものです。